金沢の坂道コラム

坂に人あり歴史あり

坂道の写真ブログをはじめました。

坂道の写真ブログをはじめました。

2010年から撮りはじめた坂道の写真の中でもお気に入りだけを紹介する坂道の写真ブログをはじめました。金沢だけでなく東京の坂道の写真もあります。よろしければご覧ください。

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書いた日:2018年12月15日

「あめや坂」伝説と“隠れ里”

「あめや坂」伝説と“隠れ里”

あめや坂(山の上町-森山2丁目)にまつわる「あめ買い幽霊伝説」。子を思う母の執念とは別に、命をつなごうと力を尽くして立ち回る人びとの姿があった。藩政初期、膨張するマチからはじき出された“山奥の隠れ里”の住人だ。

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書いた日:2018年11月30日

御参詣坂余話:斜度とは ― 「坂道出典年表」改訂Ⅲ

御参詣坂余話:斜度とは ― 「坂道出典年表」改訂Ⅲ

金沢一の急坂はどこか。『サカロジー』は平均斜度22度の御参詣坂にその栄誉を与えている。じゃあW坂や馬坂はどうなんだ。美術の小径に続く坂なんて34度だぞ―。目くじらを立ててはいけない。斜度について考えてみる。

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書いた日:2018年11月21日

不老坂はその昔、御参詣坂と呼ばれていた - 長良坂を含む寺町台“御三家”のこと

不老坂はその昔、御参詣坂と呼ばれていた - 長良坂を含む寺町台“御三家”のこと

寺町通りを瓶割坂・蛤坂から上る。W坂・桜坂があり、やがて寺町終点・長良坂、十一屋に入って不老坂、これを過ぎて御参詣坂が現れる。不老坂に御参詣坂と呼ばれた時期があったことはあまり知られていない。

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書いた日:2018年10月27日

2018年10月22日放送(予定)、NHK金沢放送局『かがのとイブニング』にて、昨年出演した『いしかわの壺』が再放送されます。

2018年10月22日放送(予定)、NHK金沢放送局『かがのとイブニング』にて、昨年出演した『いしかわの壺』が再放送されます。

NHK金沢放送局で2018年10月22日(月)18時10分から放送される『かがのとイブニング』にて、昨年出演した『いしかわの壺』が再放送されます。主に坂道の愉しみ方の一つ、傾斜美について語りました。石川県にお住まいの方は是非ご覧ください。

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書いた日:2018年10月03日

漏尿坂(よつばりざか)は「夜っ張り坂」

漏尿坂(よつばりざか)は「夜っ張り坂」

緩やかな河岸段丘上にあったのだろう、瓢箪町界隈には小さな坂が多い。「漏尿」と書いて「よつばり」と読ませる漏尿坂もその一つ。路地裏に、かつての“栄華”を秘めひっそりたたずむ姿は、なぜか愛おしい。

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書いた日:2018年09月29日

2018年10月2日放送、テレビ金沢『となりのてれ金ちゃん』に出演します。

2018年10月2日放送、テレビ金沢『となりのてれ金ちゃん』に出演します。

テレビ金沢で2018年10月2日(火)放送(予定)、『となりのてれ金ちゃん』番組内のコーナー「仰天コロンブス」に出演します。石川県にお住まいの方は是非ご覧ください。

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書いた日:2018年09月20日

雨のあめや坂 -「あめ買い幽霊」伝説を整理する

雨のあめや坂 -「あめ買い幽霊」伝説を整理する

あめ買い幽霊の話は市内4つの寺に伝わっている。近年は平仮名で書くようになった「あめや坂(飴屋坂)」はその中の一つ、卯辰山麓・光覚寺(山の上町)の門前にある。坂につながっているのはこの寺だけである。

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書いた日:2018年09月07日

地勢の変化と坂の名 ― 「坂道出典年表」改訂Ⅱ

地勢の変化と坂の名 ― 「坂道出典年表」改訂Ⅱ

旧四高生が名付け親というW坂、城づくりの巨岩を運び上げた亀坂、昔からあったような白山坂・二十人坂。それぞれに画期的な出来事があった。年表を手直しするにあたり、もう一度、足もとを見つめる。

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書いた日:2018年08月13日

<出張編> 「学校坂道」うみなり坂

<出張編> 「学校坂道」うみなり坂

「うみなり坂」という響きのいい名前を目にしたのは一年前のことだった。訪ねてみたい、と思ったのはそこが先年亡くなった友人の出身地で、一緒にハチメ釣りを楽しんだ能登だったからだ。

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書いた日:2018年07月30日

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅣ

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅣ

「2番の歌詞のほうが好き」という人は結構いる。スナックの片隅。歌は1番が本命と思っていた者には「物好きな」としか見えなかった。「付け足しの歌がなんでそんなにいいのかよぉ」。酔っていた。

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書いた日:2018年07月18日

大乗寺坂が見つめる冨樫氏の復権 - 舘残翁と浅香年木

大乗寺坂が見つめる冨樫氏の復権 - 舘残翁と浅香年木

坂道がときの政体と関わった珍しい坂がある。大乗寺が移転した跡に取り残された大乗寺坂。いったん消滅した坂が復活したのにはそれなりの意味がある。形成期の加賀の武士たちは、そして人びとはどう生きたのか―。

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書いた日:2018年06月29日

一本松は残った - 卯辰山十一坂のうち「一本松坂」

一本松は残った - 卯辰山十一坂のうち「一本松坂」

「卯辰山十一坂」の一つ「一本松坂」が『サカロジー-金沢の坂』の国本昭二さんに名付けられて19年。かつての山道は坂として認知されつつある。農道だった往来が坂になる―。その辺をもう一探りしてみたい。松も4代目になっている。

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書いた日:2018年06月13日

“サクラのトンネル”は遅刻坂 - 金沢桜丘高校の児安坂

“サクラのトンネル”は遅刻坂 - 金沢桜丘高校の児安坂

「遅刻坂」とも呼ばれる児安坂。石川県立金沢桜丘高校の校地にあって、そのいわれは麓の児安神社からきている。古いお社に由来する坂名と、学園らしいあだ名。そのギャップがおもしろい。“桜咲く園”に立ち入ってみる。

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書いた日:2018年05月31日

2018年5月25日、MROラジオ『おいね☆どいね』に生出演しました。

2018年5月25日、MROラジオ『おいね☆どいね』に生出演しました。

2018年5月25日、MROラジオ『おいね☆どいね』に生出演しました。

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書いた日:2018年05月25日

小径は坂か

小径は坂か

本多の杜の「歴史の小径」が復元されて1年経つ。藩老本多家の上屋敷と、崖下の中屋敷を結んだつづら折り。殿様も通ったであろう「御用」の坂である。その踏み跡は生かされたか。「小径」というより「坂」ではないのか。

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書いた日:2018年05月11日

<出張編> 団子坂 ~網膜に残らなかった風景

<出張編> 団子坂 ~網膜に残らなかった風景

谷間を流れる川があって、そこへ注ぐ川がある。今はたいてい暗渠になってしまったが、それでもよくよく見ると野山だった時分の原風景が想像される場所がある。そうだ、東京の坂を見てこよう。Go!団子坂へ。

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書いた日:2018年04月30日

亀坂周辺を歩く-その2 線香坂・鶯坂

亀坂周辺を歩く-その2 線香坂・鶯坂

亀坂の周辺には、新しい道が開通して、そのために消えてしまった坂がある。一方で、観光とは無縁の、日々の暮らしに欠かせない坂、街並みに合わせた新しい坂がある。どっこい生きていた、線香坂と鶯坂―。

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書いた日:2018年03月29日

亀坂周辺を歩く-その1 御小屋坂はどこだ

亀坂周辺を歩く-その1 御小屋坂はどこだ

亀坂付近を歩いていて、いろんな坂に出くわした。御小屋坂はその一つ。ただ、亀坂と連結している点で、筆者にとっては大発見のことがわかった。御小屋坂は本来、亀坂と直結していた―。

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書いた日:2018年03月24日

亀坂は90°方向転換した

亀坂は90°方向転換した

亀坂は小立野台から笠舞へ下りる坂だとばかり思っていた。それにしても、築城のための戸室石をなんで笠舞まで下ろし、また引き上げたのか。台地上の旧湯涌街道をそのままくればよかったのに…。

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書いた日:2018年03月11日

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅢ

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅢ

グレープ『無縁坂』(さだまさし・1975)をきっかけに貯めてきた「坂歌」も第3弾を編むに至った。読者に迷惑なのではないか、と思いつつ書いてきた。この場を借りてお詫びしたい。

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書いた日:2018年02月16日