金沢の坂道コラム

坂に人あり歴史あり

卯辰山十一坂

卯辰山十一坂

公園化が進む一方で、自然豊かな卯辰山。藩政期末以来、里山として長く市民に親しまれてきた。山だから坂道があってあたりまえなのだが、そう冷たくも言い切れないのが卯辰山の不思議な魅力。調べてみると、名のある坂は11あった。

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書いた日:2015年12月25日

幻と化すか「善光寺」 ― 坂から学ぶ地名考事始め

幻と化すか「善光寺」 ― 坂から学ぶ地名考事始め

「幻の『善光寺』を追う」(2月)のタイトルでその由来を書き始め、番外編の「坂は人と人を繋ぐ」(6月)まで、都合7回にわたって本欄に掲載した善光寺坂。連載を通じて感じたことを加越能地名の会の機関紙「加越能の地名」No46に書いた。

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書いた日:2015年12月17日

暗がり・あかり・爪先上がり - 下新町の坂

暗がり・あかり・爪先上がり - 下新町の坂

老舗の町・尾張町、そのなかから旧町名を復活させて6年目の下新町に三つの坂がある。この界隈の旦那衆が主計町、東山のお茶屋へかよった坂としても知られるが、どちらかといえば暗いイメージがつきまとった。観光の人たちでにぎわい、近年「変わった」といわれる町なかを訪ねてみた。

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書いた日:2015年10月24日

晴れの日を祝う気持ちを石垣に込めて - 嫁坂

晴れの日を祝う気持ちを石垣に込めて - 嫁坂

「加賀藩初期、坂の上に住んでいた藩の重臣、篠原出羽守が、娘を本庄主馬へ嫁がせる時つけた坂なのでこの名がついた。」という嫁坂の由来に、温かい気持ちがこみ上げてくる。この坂に今も残る石垣は、石垣普請のエキスパートである父が娘に贈った祝福の石垣と言えよう。

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書いた日:2015年10月22日

兼六園十一坂

兼六園十一坂

国の特別名勝・兼六園の「坂」にスポットをあててみた。史資料に伝わる坂は11ヵ所に上った。よく知られた坂、無名に近い坂。それぞれに人との関わりが色濃くあった。名園と人と坂…、そこがいいんだなぁぁ。

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書いた日:2015年10月19日

鬢(びん)付けの香りを残して ― 梅ヶ枝坂

鬢(びん)付けの香りを残して ― 梅ヶ枝坂

梅ヶ枝(うめがえ)坂という鬢(びん)付け油の名のもととなった坂が、旧味噌蔵町(現兼六元町)にある。「〽鬢のほつれは…」と端唄に残る艶っぽい風情もいまはむかし、日本髪というものをとんと見かけなくなったご時世に、あえて―。

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書いた日:2015年09月17日

上りうっさか 下(お)りつるま ― 鶴間坂<下>

上りうっさか 下(お)りつるま ― 鶴間坂<下>

鶴間坂にはいろいろないい伝えがある。上から眺める景色がいいわりには下からはうっそうとした森になっていて、その内容も風光を愛(め)でるものから神霊のたたりまでいたって幅広い。名醸とうたわれた銘酒「旭鶴」もあった。牛坂以来の歴史が重い。

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書いた日:2015年09月01日

上りうっさか 下(お)りつるま ― 鶴間坂<上>

上りうっさか 下(お)りつるま ― 鶴間坂<上>

鶴間坂はもと「うっさか」と呼ばれていた。「牛坂」と書く。鶴舞谷変じて鶴間坂、そのもととなった牛坂はもともと一つのものだ。「牛」が「鶴」になって羽ばたくのは、古来、瑞祥地名に願いを託した人びとの思いがあったからだ。

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書いた日:2015年08月28日

かいもち坂は飢饉(ききん)坂

かいもち坂は飢饉(ききん)坂

金沢から湯涌温泉に向かう県道10号線(旧湯涌街道)にかいもち坂はある。大飢饉時代、やせ衰えたわが子を見るに忍びず、かい餅3個と先祖伝来の美田を交換した―とのいい伝えによる。医王山麓のくねくね坂はいま、都市の喧騒に巻き込まれている。

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書いた日:2015年08月12日

槌子(つちのこ)坂の怪

槌子(つちのこ)坂の怪

藩政時代、非常用の味噌蔵が置かれた味噌蔵町。その一角の河岸段丘に小さな坂がある。妖怪つちのこが夜な夜な現れていっとき評判になるが、やがて時代の波にかき消されてゆく。なぜ、こんな面白い話が語り継がれなかったのだろう。不思議でならない。

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書いた日:2015年07月24日

坂は人と人を繋ぐ ― 善光寺坂由来番外編

坂は人と人を繋ぐ ― 善光寺坂由来番外編

善光寺について前回までつごう6回も書いてしまった。「またか」の思いを持たれた方もあると思う。この場を借りてお詫びしたい。お詫びついでにもう一つだけわたしの思いをつづらせてください。なんの変哲もない坂道だったけれど…。

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書いた日:2015年06月28日

まとめにかえて ― 善光寺坂由来その6

まとめにかえて ― 善光寺坂由来その6

『幻の「善光寺」を追う』(2.28)と勇ましくスタートして5ヵ月。前回まで5回に及ぶシリーズになってしまった。『寺は坂の下にあった』(5.29)そして『「寺」はなかった!』(6.6)。まだ、結着は見ていない。けど、ここらで一休みとするか。

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書いた日:2015年06月17日

「寺」はなかった! - 善光寺坂由来その5

「寺」はなかった! - 善光寺坂由来その5

「善光寺という寺が付近にあったのでこの名がついた」という小立野・善光寺坂の由来。坂標にも刻み込まれているこの通説に対し「寺は存在せず、地蔵が坂の名のもとになった」とする郷土史愛好家の著作がみつかった。“幻の寺”はもともとなかったのか―。

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書いた日:2015年06月06日

寺は坂の下にあった - 善光寺坂由来その4

寺は坂の下にあった - 善光寺坂由来その4

善光寺坂の名のもとである善光寺は確かにあった―。「寺は坂の下にあり、藩政期初頭に内川(内川地区)から移ってきた」とする論考資料『加越能の地名』。著者は中村健二前同会代表。関係者の証言がもととなっている。「幻の寺」善光寺に光は射すか―。

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書いた日:2015年05月29日

フリーペーパー『RINNGO』最新号の特集内に金沢の坂道を取り上げた経緯を編集部の3人にお聞きしてきた。

フリーペーパー『RINNGO』最新号の特集内に金沢の坂道を取り上げた経緯を編集部の3人にお聞きしてきた。

金沢美術工芸大学の学生有志により発刊しているフリーペーパー『RINNGO』、最新号では特集内に金沢の坂道が取り上げられている。編集部の3人に最新号のテーマ、坂道を取り上げた経緯をお聞きしてきた。

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書いた日:2015年05月23日

カラミザクラ、さくらんぼたわわ ― 兼六園下坂

カラミザクラ、さくらんぼたわわ ― 兼六園下坂

兼六園の外周・下坂(しもさか)にあるカラミザクラの実「さくらんぼ」がたわわに実っている。赤いさくらんぼをびっしり身にまとったサクラは、「実桜」の本領を発揮して、春とは違った風情を辺りに漂わす。

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書いた日:2015年05月18日

新善光寺(能登・真脇)でご開帳 -善光寺坂由来その3

新善光寺(能登・真脇)でご開帳 -善光寺坂由来その3

石川県内で唯一、長野・善光寺の流れをくむとされる新善光寺(能登町真脇)のご開帳がこのほど行われた。善光寺坂(金沢)の名のもととなった「幻の寺」加賀・善光寺との交流はあったのか。“千年のロマン”に夢が膨らむ。

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書いた日:2015年05月15日

父子4代で守った常盤坂

父子4代で守った常盤坂

卯辰山に入るルートの一つに常盤坂がある。いまは常盤町緑地の園路となった感があるが、この坂、維新前夜の藩政時代からの歴史を持つ。近年は「油谷牧場」として庶民の憩いの場ともなった。山腹を縫う坂道は豪雨による崩壊など文字通り風雪に耐えてきた。

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書いた日:2015年04月29日

坂学会理事、井手 のり子さんに金沢の坂道を案内 ― 起伏に富んだ地形を体感できる坂道巡りルート

坂学会理事、井手 のり子さんに金沢の坂道を案内 ― 起伏に富んだ地形を体感できる坂道巡りルート

坂学会理事で事務局を担当する井手のり子さん(東京)から、「坂巡検」の下見を兼ね金沢の坂道の状況視察をしたい旨連絡があった。金沢の坂道コラムニストの壺中人さんに加わってもらい、初夏を思わせるいち日、一緒に案内した。当日は写真の通り快晴!青空のもと、坂道巡りを存分に楽しんでいただいた。当日のルートも紹介する。

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書いた日:2015年04月27日

ひがし茶屋街近く、金沢の旧市街地を一望できる子来町緑地と宝泉寺

ひがし茶屋街近く、金沢の旧市街地を一望できる子来町緑地と宝泉寺

金沢の旧市街地を一望できる子来町緑地と宝泉寺。ひがし茶屋街から徒歩数分で行けるので、観光に来られた方は、ぜひ足を伸ばして欲しいスポットだ。

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書いた日:2015年04月12日

桜満開♪ 金沢の坂道散策 写真集 2015

桜満開♪ 金沢の坂道散策 写真集 2015

金沢の桜もいよいよ満開。春の陽気と咲き誇る桜に手招きされて、兼六園、金沢城を中心に多くの人がお花見散策を楽しんでいる。坂道脇に咲く桜も坂道の傾斜美を一層際立たせている。たくさん写真を撮ってきたのでとりとめなく掲載する。

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書いた日:2015年04月09日

ツバキカンザクラ ついに満開 ― 兼六園上坂

ツバキカンザクラ ついに満開 ― 兼六園上坂

兼六園上坂(かみさか)の土手に咲くツバキカンザクラが30日、満開になった。ライバルの下坂(しもさか)のカラミザクラより一週間遅れとなったが、独特の〝抱え咲き〟や鮮やかなピンク色がことしも多くの人を魅了している。

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書いた日:2015年03月31日

カラミザクラ 開花宣言 ― 兼六園下坂

カラミザクラ 開花宣言 ― 兼六園下坂

兼六園に咲くサクラのうち、開花一番乗りを争っていた上坂のツバキカンザクラと下坂のカラミザクラによる〝春場所〟は20日、昨年につづいてカラミザクラの勝ちで千秋楽となった。

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書いた日:2015年03月21日

カラミザクラほころぶ - 兼六園上坂下坂

カラミザクラほころぶ - 兼六園上坂下坂

兼六園のサクラのなかで、毎年、開花の一番乗りを競っている上坂のツバキカンザクラと下坂のカラミザクラ。雨の19日、形勢はどう動いただろうか。

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書いた日:2015年03月20日

サクラの開花 一番乗りを競う ― 兼六園上坂下坂

サクラの開花 一番乗りを競う ― 兼六園上坂下坂

兼六園で、毎年、開花の一番乗りを争っているサクラがあるのをご存じだろうか?名園の外周・上坂にあるツバキカンザクラと、この坂と金沢城石川門前で接する下坂に咲くカラミザクラである。いま、まさに勝負のときを迎えている。

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書いた日:2015年03月18日

地蔵縁起状の解説文見つかる―善光寺坂由来その2

地蔵縁起状の解説文見つかる―善光寺坂由来その2

善光寺坂の上に鎮座する善光寺坂地蔵。お堂に掛かる扁額の一枚に地蔵の由来などを記した縁起状がある。縁起状はケヤキ板に刻され、地蔵の銘である「標文」と呼ばれる部分の文字のすべてが解読されていた。解説が付いており、その内容から寺の存在説がより一層補強されることとなった。

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書いた日:2015年03月06日

幻の「善光寺」を追う-善光寺坂由来

幻の「善光寺」を追う-善光寺坂由来

善光寺坂の坂標には、昔この付近に善光寺と呼ばれる寺があったことに由来する、とある。ところが、その善光寺がいつ、どこにあったのか、となると、答えられる人はまずいない。ましてや長野の善光寺との関わりに言及したものは皆無といっていい。北陸新幹線の開通で長野がグンと近づくいま、幻の加賀・善光寺を追った。

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書いた日:2015年02月28日

国本昭二さんと「サカロジ-」考

国本昭二さんと「サカロジ-」考

「坂道学」の代名詞ともなった国本昭二さん著「サカロジー」は、『月刊おあしす』というタウン誌に掲載されたエッセイからきている。掲載から15年たったいま、国本さんが坂に託した思いをなぞってみた。

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書いた日:2015年02月05日

紺屋坂途中にある金澤兼六屋の焼きいなりがほくほく美味しい

紺屋坂途中にある金澤兼六屋の焼きいなりがほくほく美味しい

金澤兼六屋の焼きいなりの紹介。金沢観光で兼六園に来たならぜひ試して欲しい、地元民としても推薦の味です。

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書いた日:2015年01月31日

復元される「御用坂」

復元される「御用坂」

石川県立美術館の裏の本多の杜の繁みの中に、かつて加賀百万石大藩の筆頭家老職が足しげく通ったであろう坂がある。いまは廃道となっている、本多家の上屋敷と中屋敷をつないだ「御用」の坂だ。

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書いた日:2015年01月27日

金沢観光で訪れたい情緒ある坂道、町の変化を楽しむ坂道3選

金沢観光で訪れたい情緒ある坂道、町の変化を楽しむ坂道3選

金沢の坂道散策を楽しむポイントとして、坂の上と下とで町の表情の変化を楽しむことが挙げられる。その代表である暗がり坂、石伐坂、美術の小径を紹介する。

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書いた日:2015年01月26日

石伐坂(W坂)周辺散策をより味わい深く。石伐職人の仕事内容と石の運搬方法を知る。

石伐坂(W坂)周辺散策をより味わい深く。石伐職人の仕事内容と石の運搬方法を知る。

石伐坂(W坂:だぶるざか)の由来である坂上に住んでいた石伐職人の具体的な仕事内容、戸室山からの石の運搬方法の紹介。より味わい深く石伐坂周辺散策を楽しむための知識です。

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書いた日:2015年01月15日

金沢の坂道で打順を組んでみた。

金沢の坂道で打順を組んでみた。

金沢の坂道を野球チームになぞらえて打順を組んでみた。個人的には黄金期の西武にも匹敵するのではないかと感じている。

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書いた日:2015年01月10日

新桜坂緑地の眺望もよいけど、桜坂途中にある名無し坂からの眺望はもっとおすすめ!

新桜坂緑地の眺望もよいけど、桜坂途中にある名無し坂からの眺望はもっとおすすめ!

桜坂途中にある名無し坂からの眺望の紹介。犀川の優雅な曲線美を感じ、街並みの背景に戸室山、医王山を望むことができる。

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書いた日:2015年01月10日

「兼六園かるた」の中で坂道について読まれた札はどれだけあるか調べてみた。

「兼六園かるた」の中で坂道について読まれた札はどれだけあるか調べてみた。

「兼六園かるた」を入手したので、48枚ある札のうち、坂道について読まれた札はどれだけあるか調べてみた。

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書いた日:2015年01月09日