金沢の坂道コラム

上りうっさか 下(お)りつるま ― 鶴間坂<上>

鶴間坂の上り口。なだらかである

上り口。なだらかである


山側環状(金沢外環状道路山側幹線・通称やまかん)が通って賑わいを見せる杜の里。そのはずれに鶴間坂がある。旭町から小立野5丁目に上る河岸段丘に張り付いているこの坂、戦後、道路改良により名を改めた、という。それまでの牛坂、人は親しみを込めて「うっさか」と呼んだこの坂が「つるま」となるのは瑞祥地名にこだわったからにほかならない。この坂の場合、どうして鶴間坂になったかという経緯から入らなければならない。


坂下の青雲寺につながる階段。だれでも通れる

坂下の青雲寺につながる階段。だれでも通れる


折り返すと坂は急になる

折り返すと坂は急になる


牛坂→鶴舞谷→鶴間谷坂→鶴間坂


「つるま」は「鶴舞」からきている。藩政期、坂の上からの眺めは絶景だった。麓の道路につずら折りを見る坂の上からは、「向かうの松山の眺望も殊(こと)に佳(よ)く」(加能郷土辞彙より)田や畑がその間に広がるのどかな田園風景がとらえられた。「鶴舞谷」とはこの景色を前にした「詩歌連句を好む」人たちが付けた名だった。

明治維新の諸改革で町地町名が再編されて以降、人びとの間に命名や替わりの名を付けるときに好字・佳字を当てる風潮があった。底流は奈良時代にまでさかのぼる。加越能地名の会の村本外志雄代表によると、和同6年(713)、律令体制の整備が進むなかで元明天皇(女帝)は「国郡郷里の名は好字佳字の漢字二字にすべし」との詔勅を出す。漢字は4世紀に伝来している。漢字を取り入れた中央集権国家を建設しようとする為政者にとって、災害を除去し不吉を払う縁起のよい地名はなにかと好都合だった。

息吹き返した好字佳字

民衆の願望も一致し、行政上の名にとどまらず一般的な呼び名にまで広がりを見せる。このことが封建の世を飛び越えて近代に息を吹き返す。牛坂が景色としての鶴舞谷になり、鶴間谷坂(温知叢誌)を経て鶴間坂になる。「尻」が嫌われたという点でニュアンスを異にするが、尻垂坂が兼六坂になったのと違わない。温知叢誌は、明治10年代(牛坂と鶴舞谷が混在していた?)のわずか5年ほどの間だけだったが、坂の両側に料理店や待合が立ち並び、昼夜三味線の音が鳴り響いたと伝えている。

牛坂はかつては急で石ころだらけだった(『わがふるさと今・むかし』田上公民館、1992・小立野婦人学級61年度文集『いし曳』1号より)。農夫が坂上のまぐさを与えるため牛を牽(ひ)いて上り、牛さえも喘ぎ喘ぎ上ったという坂はこうして鈍重なイメージを払拭、美しい名になった。風景はもちろん美しいが、どう美しいかというと、それはもう見てもらうしかない。昔ほどの容色はないかもしれないが…。

「旭坂」と混同?

美景にこだわるのが悪いといっているわけではない。ただ、いまだに鶴間谷と牛坂は別のものと思っている人が少なからずいることに驚くからである。その多くは少し上にある「旭坂」(いつの間にそう名付けられたのかはっきりしないが、崎浦公民館の創立50周年記念誌『さきうら』2002に認知されている)を牛坂と思い込んでいる。消えたはずの牛坂の亡霊があたりをさまよっているかのようだ。戦後70年、親しみのある名はかくも残るものかと思う。


旭坂。向こうは戸室山(左奥)

旭坂。向こうは戸室山(左奥)


旭坂は旭町からきたものだろう。旭町の誕生は昭和11年(1936)。小立野台東端の裾に長く伸びた牛坂村は、降り注ぐ朝日を受けて(崎浦村を経て)旭町になった。このためか、牛坂用水は旭用水と名を変えた。三壺聞書によると、牛坂用水は正保3年(1646)、田中覚兵衛という浪人が藩に請うて開鑿。辰巳用水の完成を受けての事業であった。犀川上流の寺津村(現寺津町)から川を掘り上げて土清水、上野、牛坂へ水を通し、荒野を田畑に変えた。「そのころからこの地にかなりの人びとが住むようになった」(わがふるさと今・むかし)ほどの意義深い用水だ。


かつての牛坂用水。いまは旭用水

かつての牛坂用水。いまは旭用水


鶴間坂の上り口の脇にある旭用水の標柱には「かつての」「別名」として牛坂用水の名が小さく刻まれている。主客が逆のような気がする。それに、別名ではなく「もとの名」だろう。新しい名の普及を急ぐあまり歴史を軽んじてはいけない。思うに、このあたりに鶴間坂と牛坂が別ものと思う判断が働くのかもしれない。


(つづく)


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