金沢の坂道コラム

復元される「御用坂」

加賀藩の筆頭家老職本多家は、現在の出羽町、本多町、下本多町の一帯に上、中、下の屋敷を持っていた。上屋敷は当主を中心に家臣が詰める公の場で小立野段丘の上、中屋敷は当主の子供や隠居した人が住みその直下にあった。家臣の住む町内(家中町)である下屋敷は中屋敷を取り囲んでいた。いわば本多五万石の城下町である。上-中屋敷をつなぐ高低差10㍍にいまは廃道となっているつづら折りの坂道があって、江戸期の遺構として復元されようとしている。


下り口にある対の石垣。右は塀跡、左はのり面

県立美術館の背後を取り囲むように、散策のための木道がある。少し離れて、崖っぷちに石垣があり対になって崖下に向かって口を開けている。道幅は2㍍前後。一部崩れかけもとの崖に戻ろうとしている。傾斜は10㍍ほど離れて中村記念美術館前へ下りる「美術の小径」の斜度34度(国本昭二著『サカロジー-金沢の坂-』)に比べるとつづら折りになっている分だけ緩く、半分くらいだ。


ゆっくり下りるスロープ

ゆっくり下りるスロープ


林の中の落ち葉のじゅうたん

林の中の落ち葉のじゅうたん


林の中を二折れすると県立社会福祉会館裏に着く。だが、ここにはフェンスがあって下り切ることはできない。引き返すしかない。通用口の裏門へ戻る家臣の姿を思い浮かべつつ崖の道を上る。

この辺りは平成25年(2013)9月に金沢市指定史跡として整備された。坂道は美術の小径ができたこともあって陰に隠れた格好で取り残されていた。石垣の組み方など史跡として再調査が必要な部分もあった。整備する範囲や利用法などはまだ決まっていないが、「存在そのものは絵図などである程度確認できた」(市文化財保護課)としており、復元の日は近い。

どのように使われていたのだろう。当代の本多政光さん(第15代)によると、通るのは家族や家臣が主で、御用の向きや通勤の場合が多かったという。当主は隠居に会うときなどごく限られた場合にしか使わなかったようだ。家族や家臣から見て、「私」の部分から「公」につづく道だから勝手に名づけて「御用坂」。直垂(ひたたれ)素襖(すおう)の礼服に身を包んだ殿様が裾を翻して坂を上がり、裃(かみしも)姿の武士が後を追う―。もちろん、あったかもしれないという、あるいは、の話である。

中屋敷は上屋敷の別邸として江戸中期に建てられた。能舞台もあり、当主のくつろぎの場でもあったようだから、礼服の殿様というのはそれこそ考えられないことか。上屋敷へお帰りになるときの服装はともかく、徳川政権との折衝に気をもみ続けた藩政期、仕事場に向かう殿様のその時々の心境はいかばかりであったか。そんな詮索をしてみたくもなる森の中の道である。


石川県立美術館へ上る美術の小径

石川県立美術館へ上る美術の小径


下屋敷は約10万坪。現在の町名でいうと本多町1-3丁目、下本多町、幸町、菊川2丁目になる。中屋敷の外側、いまの金沢ふるさと偉人館、金沢歌劇座から鈴木大拙館、県立工業高、遊学館高のさらに奥までの範囲に500家の家臣宅や分家があった(2代政長時代に作成された絵図)。これだけの人びとが遠回りさせられていたのか、という点については、本多さんはもう一本の道があったのではないか、と見る。


藩老本多蔵品館(3月からリニューアル開館する県立歴史博物館旧3号棟に移転。加賀本多博物館に館名変更)の裏にそれらしい痕跡があり、大拙館につづく崖沿いの道につながっていたことが考えられる。崖沿いの道はいま「緑の小径」に整備されている。通用口へのラッシュを緩和したい―。家臣が道をつけ、家中も認めたもう一本の道があった。「御用」の坂とは別の通勤専用の坂。当代は気配りの人なのである。


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