御参詣坂余話:斜度とは ― 「坂道出典年表」改訂Ⅲ
藩政時代、御参詣坂は二つあり、坂標にその名が刻された法島-平和町2丁目の坂とは別に、1.5km下がった不老坂(法島町-十一屋町)にもそう呼ばれた時期があった―ことを前回書いた。坂標にそのことが記されていることと、不老坂の坂上に道標を兼ねたガッパ地蔵があったことを根拠にした推測である。そのとき、もう一つ気になることがあった。御参詣坂は金沢一の急坂か、ということである。
斜度は踊る
斜度は『サカロジー』の著者で数学者・国本昭二さん得意の世界である。「プロポーズするなら10度くらいの急坂がいい」(帰厚坂)、「15度以上の坂があるとしたら、坂と呼ばないで崖と呼ぼう」(子来坂)といった調子である。御参詣坂では「平均斜度22度の急坂」で、子来坂より7度も高い坂が「車が上がり下りする金沢の公道」(現在は、坂に住む人の車だけが通れてあとは車両通行禁止)にあったことに驚いている。「金沢一」の称号はこのとき(1997年=平成9)与えられ、その後、独り歩きしているようでもある。
国本さんはほかにも、車の通れないW坂(清川町-寺町3丁目)を御参詣坂と並ぶ平均斜度22度の坂とし、同じく車の通れない馬坂(扇町-宝町)では「最高斜度はJR駅なみの26度」と、あまりの傾きを坂の半ばにある祠に託してマジックボックスに例えている。
念のため、御参詣坂を基準にいくつかの坂を歩いてみた。パイオニアである国本さんに敬意を表しつつ、『サカロジー』が書かれた1995-2000年という時代を考えつつ、はたまた人道か車道か、その併用かを考えつつ、ただ、現在までに改修工事があったかなかったかは考えないことにして、ありのままをレポートする。
実測
斜度計アプリを入れたスマホを手に、まずは御参詣坂。平均斜度はどうして出すのか知らないが、めぼしいところを手当たり次第に計測する。15-18度の傾斜が大半を占めるなかで、最高23度台のところがあった。両側に住宅の出入り口がある。そのために緩くしたと思われる坂の上部に、見返り分の長さ1mほどの急傾斜がありここだけが突出して高かった。同じことは馬坂でも言え、急とみられるほとんどのところで数字は22を示し、かつて建物があった部分のみが最高の24度台を示した。御参詣坂の平均22度、馬坂の最高26度はややオーバーな気がする。ちなみに、御参詣坂についての金沢市道路管理課の台帳には13.5度とあるそうである。複数の担当者に尋ねたが同じだった。
子来坂は15度前後で、国本さんが測った数字と同じ。帰厚坂では国本さんの言う10度を少しばかり超える12度前後が多く、プロポーズするのも結構たいへんだと思い知った。カーブ地点が急なのは大体の傾向。急なあとは緩く、緩いあとは急になるなど歩く人の心拍数に合わせたつくりになっているのかと思ったが、そうでもなかった。傾きに合わせたつくりになっているのは仕方がない。馬坂ではコンクリート舗装の継ぎ目を境に10度前後から15-16度へと急変するところがあり、うっかりしていると足を取られる。夜道に至っては危険極まりない。
気にしない
急か緩やかか、大体の「キツさ」を感じ取る意味で斜度のことを書いた。だが、数字は冷徹である。1度でも違えば一方が「キツい」ことになる。「そうか、あっちのほうが急なのか。心して上らなくちゃ」というのならいい。「こっちのほうが急だぞ。金沢一だぞ」と競うようになるといけない。坂は競い比べるためにできたものではないからだ。
急なところを選んで歩く人はまずいない。必要だから上る、そして下りる。できるだけ楽に上り下りしたい。安全であることも大事だ。となれば、できるだけ平坦なところを選んで歩く。無意識的であり自然である。この場合、その人は「斜度は何度か」などと考えないだろう。早く安全に用事をすませたい。その一心でひたすら歩く。“用の坂”で人びとは不要のことは考えない。