金沢の坂道コラム

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅦ


戦時の空襲警報下、児童が木造校舎の非常階段を駆け下りる様子がテレビに映っている。どこかで見た光景だな、と思った。児童のことではない。幅の広い非常階段のことだ。戦後まもなくして入学したわたしの小学校にも同じものがあった。こんなに広い階段など必要なのだろうかといつも思っていた。使われることもあまりなかった。

そうか、あの広い階段は空襲に備えたものだったのか、と70年もの時を経て気が付いた。無意識戦中派-戦時中に生まれながら、いくさのことをまったく覚えていない者の鈍さ。あの時、父や母は、祖父や祖母はどんな思いで日々を過ごしていたのだろう。もっとしっかり聞いておけばよかった。時すでに遅い。かくして歴史は繰り返されていく。いま、ウクライナで起きている不条理な戦争。その真っただ中にいる人びとのことを思う。

『「坂」と歌謡曲―当世スロープソング事情』も本編中にⅥ回を数えた。「筆者の知っている歌(一度でも聴いたことのある歌を含む)に限ることをお断りしたうえで」と口上を述べて始めたのが2016年。いまよりはまだマシな時代だった。歌を聴いて、オッと気づいてメモを取る癖はいまも抜けない。番外編となったからやらなくていいという理屈はない。つづけられる限りはつづけたい。わたくし壺中人も傘寿を迎えた。

 

1963 榎本美佐江「後追い三味線」(作詞:吉川静夫 作曲:吉田正)

国鉄スワローズの大投手カネやんと離婚して、この歌で復帰。美声の美人歌手だった。この8年前に出た照菊の「後追三味線」はまったく別の歌。

〽後を追うなと 薄情がらす
闇にひと声 月夜に三声(みこえ)
すがりつかせぬ 道中合羽
糸も切れそな 三味線抱いて
泣いてまた越す おんな坂

 

1972 宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」(作詞:宮史郎 作曲:並木ひろし)

ウーマン・リブに逆らった時代錯誤の「弱い女」、そして「ド演歌」。世の中をあざ笑うように有線放送から流れ、レコード化され大ヒットした。

〽私がささげた その人に
あなただけよと すがって泣いた
うぶな私が いけないの
二度としないわ 恋なんか
これが女の みちならば
(中略)
暗い坂道 一筋に
行けば 心の灯がともる
きっとつかむわ 幸せを
二度とあかりを けさないで
これが女の みちならば

 

1989 爆風スランプ「大きな玉ねぎの下で ~はるかなる想い~」(作詞:サンプラザ中野 作曲:嶋田陽一)

貯金箱こわして送ったコンサートチケット。言葉だけが頼りのペンフレンド。ふられて下りる九段の坂。振り返る武道館の澄んだ空に、玉ねぎが光る。

〽九段下の駅をおりて 坂道を
人の流れ 追い越して行けば
黄昏時 雲は赤く焼け落ちて
屋根の上に光る玉ねぎ

ペンフレンドの二人の恋は 言葉だけが
たのみの綱だね 何度も
ロビーに出てみたよ 君の姿を捜して

 

1991 菅原洋一「風の盆」(作詞・作曲:なかにし礼)

浮いたか瓢箪 軽そに流れる 行く先ゃ知らねど あの身になりたや(『越中おわら節』)。飄々と、延々と町流しが行く。歌われよー、わしゃ囃す~。

〽哀しい時は 目を閉じて 八尾の秋を 思い出す
日が暮れた 坂道を 踊るまぼろし 影法師 おわら恋しい 風の盆

あんな哀しい 夜祭りが 世界のどこに あるだろう
足音を 忍ばせて 闇にしみ入る 夜泣き歌 君に見せたい 風の盆

哀しい人は みんな来い 八尾の町に 泣きに来い
夜流しを 追いかけて 下駄の鼻緒も 切れるだろう 夢かうつつか 風の盆

 

2005 RCサクセション「多摩蘭坂」(作詞・作曲:忌野清志郎)

本来は「たまらん坂」と書くようだ。「わしゃ、もう、たまらん」の「たまらん」である。詳しくは黒井千次著『たまらん坂 武蔵野短篇集』(1988)」を。

〽夜に腰かけてた 中途半端な夢は
電話のベルで 醒まされた
無口になったぼくは ふさわしく暮してる
言い忘れたこと あるけれど

多摩蘭坂を登り切る 手前の坂の
途中の家を借りて 住んでる

だけど どうも苦手さ こんな夜は

お月さまのぞいてる 君の口に似てる
キスしておくれよ 窓から

多摩蘭坂を登り切る 手前の坂の
途中の家を借りて 住んでる

だけど どうも苦手さ こんな季節は

お月さまのぞいてる 君の口に似てる
キスしておくれよ 窓から
キスしておくれよ uh uh…

 

2006 森山直太朗「虹」(作詞・作曲:森山直太朗・御徒町凧)

別れの季節は出会いの季節。みずみずしい季節に訪れる別れは、次につながる出会いなのだ。第73回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲

〽僕らの出会いを 誰かが別れと呼んだ
雨上がりの坂道
僕らの別れを 誰かが出会いと呼んだ
時は過ぎいつか 知らない街で 君のことを想っている

風になった日々の空白を 空々しい歌に乗せて
未来を目指した旅人は笑う アスファルトに芽吹くヒナゲシのように

 

2006 川中美幸「金沢の雨」(作詞:吉岡治 作曲:弦哲也)

サラリーマン時代に、にし茶屋街の芸妓苅谷みね(1927~2015)さんの「影笛」を聴いたことがある。ピーッ! 闇を切り裂く音だった。

〽東京言葉と 加賀なまり
愛するこころに 違いはないわ
合縁奇縁のこの恋を
咲かせてみせます
あなたと出会った 片町あたり
相々傘です 金沢の雨

影笛きこえる 茶屋街の
灯がぼんやり 滲んで揺れた
男の甲斐性と意地張らず
わたしにください 
石段坂道 苦労を背負って
ふたりで濡れましょ 金沢の雨

 

2015 藤田恵美「金沢 Cry Me a River」(作詞:冬弓ちひろ 作曲:伊藤薫)

「いまさらもう遅い。川のように泣くがいい」。Cry Me a River(クライ・ミー・ア・リヴァー)は1955年、ジュリー・ロンドンが歌った。金沢も女の情念系?

〽この川は どこへ行くの
黄昏の 浅野川
哀しみを 隠し流れる
どこかわたしに似てるね
金沢 Cry Me a River

小雨降る 主計町(かずえまち)の
紅殻格子(べんがらごうし)を 想い出濡らす
暗がり坂から あかり坂
あなたは上って 私は下りた

だからいいのよ うらんでいいの
忘れられるのは 寂しすぎるから

 

2019 オレンジスパイニクラブ「キンモクセイ」(作詞:作曲 スズキナオト)

金木犀のような君を想い、なんとか“生き間に合ってる”。どうしようもない夏のアンニュイ。思いをそのまま歌って「TikTok」でバズった。

〽溜まりに溜まって、また迷惑かけて
無邪気が過ぎた僕を叱って

ああでもないこうでもない
君に愚痴吐いて生き間に合ってる
坂道の途中でぶちまけたサイダー
襟をつまんで ゆらしてる
生ぬるい風で汗は乾いていく

信号のない十字路 2人で話した
日が暮れるくらい あきれるくらい
信号のない十字路
君は反対方向を見ていた
ずっと見ていた

 

2021 オール巨人「夢浪漫」(作詞・作曲:オオガタミヅオ)

しゃべくり漫才「オール阪神・巨人」のオール巨人が、古希を迎えて「来し方」を歌う。「育ってくれた子供らも」のくだりは「育て上げた」に自ら修正した。

〽あの日 蒔いた夢の種 やっと蕾をつけた頃
雨や嵐 吹き荒れて 何度萎れたことだろう
男はいつでも夢灯り 胸に点して生きて行く
山坂続きの人生に ようやく花が咲きそうだ
(略)
答え知らずの旅に出て 答え合わせの歳になる
育ってくれた子供らも いつの間にやら人の親
男はいつでも夢浪漫 胸に抱いて生きて行く
万里を旅する人生は まだまだ先がありそうだ

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