金沢の坂道コラム

「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅣ


1番だけでは歌の意味がわからない場合がある。2番、3番を聴いてようやくわかる―。そう思っていたら、似たような思いをしている人がいた。久世光彦(くぜ・てるひこ)さん。演出家。昭和の流行歌を愛し、自らも香西かおりの「無言坂」(2016.8.31付『<出張編> 「無言坂」は語る ― 久世光彦の世界』で紹介)を作詞、ヒットさせた。

2,3番がしびれる

「1番の歌詞は、テーマに沿って、状況や登場人物を描写しないといけない。心情に深く立ち入るのはその先だから『しびれる文句』は2,3番にあるのだという」と北陸中日新聞「中日春秋」(2018.4.26付)にある。久世さんが挙げたのは西條八十作詞の「蘇州夜曲」(1940年=昭和15)の3番。~「船歌」「水の蘇州」「花散る春」など説明的な言葉が1番にあるのに対し、3番は<髪に飾ろか/口吻(くちづ)けしよか/君が手折(たお)りし/桃の花/涙ぐむよな/おぼろの月に/鐘が鳴ります/寒山寺>。好みはあろうが、味わいは深い~。

「2,3番がしびれる歌は確かに多い」と春秋子がつづけて挙げたのは同じ八十の作詞による「青い山脈」(49年=同24)。~1番の詞の素晴らしさはそれとして<古い上衣(うわぎ)よ/さようなら>の2番により強くひかれる人は多いのではないか。<雨にぬれてる/焼けあとの/名も無い花も/ふり仰ぐ>の3番は、1番と異なる趣がある~。

筆者は「王将」(61年=同36)にそれを感じる。作詞は同じく八十。「吹けば飛ぶよな/将棋の駒に/賭けた命を/笑わば笑え」(1番)と来て「あの手この手の/思案を胸に/やぶれ長屋で/今年も暮れた」(2番)となる。「どしたの?」と思ったら「明日は東京に/出て行くからは/なにがなんでも/勝たねばならぬ」(3番)となる。「そうだったのか―」。西條八十ばかりになってしまったのは偶然である。

1番でひきつけ、2、3番で本心を語る-。みんながみんなそうというわけではないが、そんな流れがあるような気がしてならない。「青い山脈」の<若く明るい/歌声に/雪崩は消える/花も咲く>(1番)が<父も夢みた/母も見た/旅路のはての/その涯の>(4番)になるのもそんな流れからきている。1番しか覚えていないのはその人の都合による。

夢と現実

及川恒平「面影橋から」(作詞:田中伸彦、及川恒平 作曲:及川恒平 1971)

東京・神田川にも面影橋があった。都電荒川線の電停があった。いい名前だなぁとは思ったが、降りたことはない。東京オリンピック(前回)でざわざわしてたからなぁ。

〽面影橋から 天満橋
天満橋から 日影橋
季節はずれの風にのり
季節はずれの赤とんぼ
流してあげよか 大淀に
切って捨てようか 大淀に

いにしえ坂から わらべ坂
わらべ坂から 五番坂
春はどこから来るかしら
風に吹かれて来るかしら
巡り巡る思い出に
歌を忘れた影法師

<注1・及川恒平ホームページから>

最初『面影橋から』は、大塩平八郎の乱を題材の芝居で役者が歌った。夢と現実の狭間を表現した。六文銭で『面影橋から』を歌った訳は、きっとほかに曲がなかったとかそんなところだ。最初はワンコーラスしかなく1分強で終わった。ところがそのありあわせの1分強が、どうも同世代の聴衆の心をくすぐったらしい。ウケルためになんか歌っていないはずのぼくらもそれには敏感だった。正直モノだ。あわてて2番の歌詞を書くことにしたのは言うまでもない。

<注2・六文銭の曲をカバーした吉田拓郎。2番を拓郎節にした>

〽いにしえ坂から わらべ坂
わらべ坂から 五番坂
春はどこから来るかしら
春はあれきりこないもの
歌を忘れた かなりやが
歌うすべない 影法師

井上陽水「長い坂の絵のフレーム」(作詞・作曲:井上陽水 1998)

「少年時代」がいつの間にか年取って、昼下がりの美術館へやって来た。一枚の絵の前に立ち止まる。フレームの中が走馬灯のように替わってゆく。

〽この頃は友達に 手紙ばかりを書いている
ありふれた想い出と 言葉ばかりを並べてる
夢見がちな子供たちに 笑われても
時々はデパートで 孤独な人のふりをして
満ち足りた人々の 思い上がりを眺めてる
昼下がりは美術館で 考えたり
※誰よりも幸せな人
訳もなく悲しみの人
長い坂の絵のフレーム※

生まれつき僕たちは 悩み上手に出来ている
暗闇で映画まで 涙ながらに眺めてる
たそがれたら 街灯りに 溶け込んだり
これからも働いて 遊びながらも生きて行く
様々な気がかりが 途切れもなくついてくる
振り向いたら 嫌われたり 愛されたり
(※くり返し)
誰よりも幸せだから
意味もなく悲しみまでが
長い坂の絵のフレーム

逢えない君に

松任谷(荒井)由実「ひこうき雲」(作詞・作曲:荒井由実 1973)

大空を一直線に駆け上がる真っ白な飛行機雲。ユーミンが高校時代、死んだ友を想いつくった。その後、シンガーソングライターとしてデビューするきっかけともなる。

〽白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる

空に憧れて 空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人にはわからない
あまりにも若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ

寺尾聰「坂道を登ると」(作詞・作曲:寺尾聰、田辺靖雄 1977)

人は坂道に「愛」を求めながら「別れ」の場にもした。幻のような恋、陽炎のような愛。そしていま、坂道の下まできてしまった僕。

〽坂道を登ると
君の住む家だよ
今朝届いた手紙
たった一行サヨナラあなた
おめでとう言うには
美しい花嫁
いま心の中を
くるりくるり駆けめぐるよ
雨の夜 初めて
あの道を送った
君のぬくもり
(中略)
恋だからまぼろし
愛だからかげろう
他人は言うけど

恋だから言えない
愛だから見えない
…………

少年老いやすく

中村雅俊「俺たちの旅」(作詞・作曲:小椋佳 1975)

70年代の東京・吉祥寺。中村、田中健、秋野太作の3人が社会と正面から向き合い成長してゆく。青春テレビドラマの金字塔。歌い出しのフレーズが印象的。

〽夢の坂道は木の葉模様の石畳
まばゆく白い長い壁
足跡も影も残さないで
たどりつけない山の中へ
続いているものなのです

夢の夕陽はコバルト色の空と海
交わってただ遠い果て
輝いたという記憶だけで
ほんの小さな一番星に
追われて消えるものなのです

菊池桃子「青春のいじわる」(作詞:秋元康 作曲:林哲司 1984)

(ファン某氏)「一度じっくりアルバムを聴いてみることをお薦めします。歌が上手い下手という次元の話以外に感じるものがきっとあると思いますよ。」

〽緩(ゆる)い坂道 錆(さび)たバス停
遠い街が黄昏(たそがれ)てく
君は僕から少し離れて ガードレール腰掛けてた
君は怒っているみたい 何も話してくれないね
青春の躊躇(ためら)いの中で 僕達は動けずにいたね
君からもらった心の涙が重いよ

嫌いになったわけじゃないよと
細い肩に つぶやいても
僕の方から君へと 吹いた風の色は変られない
違う誰かを愛したら いつかわかってくれるだろう
青春という言葉なんて 僕達に似合わないけれど
素直になれない二人の若さが痛いね

水前寺清子「真実一路のマーチ」(作詞:星野哲郎 作曲:米山正夫 1944)

「人生、長さじゃないよ」と言いつつ、ことし73歳(10月)。老人ホームの経営に熊本地震復興支援コンサート。なんだか宮城まり子さんに似てきたねぇ。

〽この世は 長い坂道だけど
長さじゃないよ 人生は
真実一路 生きたなら
短かくたってかまわない かまわない
タンバリンリンリン タンバリン
タンバリンリンリン タンバリン
鈴を鳴らそう 愛の鈴を
タンバリンリンリン タンバリン
タンバリンリンリン タンバリン
元気で歩こう
タンバリン タンバリン タンバリン

ことし前半、はや3曲

氷川きよし「勝負の花道」(作詞:朝倉翔 作曲:四方章人 2018)

2年後に迫った東京で2回目のオリンピックの応援歌。新川二郎(現在は二朗)「東京の灯(ひ)よいつまでも」(1964)はよかった。目的地に着いたとたん、離別を考える。

〽走り出したら 愚痴など言うな
心の迷いは 置いて行け
ここが出番と 舞台に上がりゃ
誰もあるんだ 花道が
人生この世は 一番勝負
天下無双のーーーア、ヨイショ!
道をゆけ ハッ

勝った負けたと まだまだ言うな
幕引き御免だ 早すぎる
根性 七坂 も一つ越えて
見えてくるのさ 頂上(てっぺん)が
人生一筋 己と勝負
天下晴れてのーーーア、ヨイショ!
人になれ ハッ

福田こうへい「天竜流し」(作詞:万城たかし 作曲:四方章人 2018)

長野~愛知~静岡と下る天竜川。山あいを縫う筏流しの心意気をうたう。市丸姐さんもうたってたなぁ。〽ハー 天竜下れば ァヨーホホ ホイノサッサ しぶきがかかるよ~。

〽雨のしずくが 川になり
やがて遠州 駿河湾
惚れたお前にゃヨー 済まないけれど
暴れ天竜 波まかせ ヨイショ
筏流しにゃヨ…おなごは乗せぬ
(中略)
峠七坂 七曲がり
山は夕焼け あかね空
浮くも沈むもヨー 笑うも泣くも
暴れ天竜 お見通し ヨイショ
男なみだはヨ…おなごにゃ見せぬ

石川さゆり「夫婦人情」(作詞:喜多條忠 作曲:岡千秋 2018)

浪花の町のにわか雨。気長に雨宿りする「あんた」。そりゃ、止まない雨などあらへんヨ。融けない雪もあらへんヨ。そやかて、あんた…。夫婦演歌の神髄!

〽通天閣まで 泣き出すような
浪花の町に にわか雨
止まない雨など あらへんと
あんたのんきに 雨宿り
そんなあんたが 好きやから
苦労はいつでも 忘れ傘
(中略)
あんたとわたしは 竹光芝居
切っても切れぬ 仲やんか
人生坂道 向かい風
ケンカするたび 仲直り
夫婦善哉 半分こ
あんさん頼りに してまっせ

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