「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情PartⅢ

言いわけ
テレビで歌番組(NHKが多い)を見ていて、画面下に流れる歌詞に「坂」ないし「坂道」という文字が出てきたらまずメモる。なんという歌か。次いで、だれが歌い、つくられたのはいつか。インターネットで調べる。そうやって積み重ねてきたのが『「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情』(2016年09月30日付)とその PartⅡ(2017年05月31日付)だ。
たいていは知ってる歌だが、知らない歌もある。知ってる歌は無条件に取り上げる。知っていながら「坂」がうたわれていることまでは知らなかったものが多い。ほとんどといっていい。知らない歌についてはチェックがはいる。歌手を知っているか。好きな歌手か。上手いか下手か、などチェックは厳しい。合格しなければ取り上げない。たとえ有名な人でも合格しなければはずす。
こうして2回にわたって書いてきた。1回に取り上げる歌は10曲だ。3回、つまり30曲までだろうな、という予感はなんとなくあった。その3回目であるPartⅢ集録中に"壁"につき当たった。
ネットで「坂歌」とか「坂の付いた歌」で検索すると、目指している、筆者にすればよだれの出そうな歌がわんさと出てくるのだ。こんな簡単なことで…。言葉を失うとはこのことだ。コツコツ集め、10個貯まるのを楽しみにしてきた。10個貯まったら、まとめの本文はなんと書こう。―今までやってきたことは何なのだ!
取り返しのつかない、愚かなことしてしまった。恥ずかしい。だが待てよ。結果はそうだが、やり方は間違っていなかった。貴乃花親方みたいな言いわけになってしまったが、ここは素直にお詫びしよう。コツコツ集めてきたのだ。テレビで歌番組を見るのは暇をつぶすためだけじゃないんだぞ、と自らにも言い聞かせてここまでやってきたのだ。恥じることはない。言いわけしたうえで、3回目も読んでもらおう。
峠七坂、不幸ぐせ
北島三郎「ギター仁義」(作詞:嵯峨哲平 作曲:遠藤実 1963)
3曲100円の時代があった。それが2曲100円になり、反転して1曲が200円になる頃、流しの演歌は消えていった、と記憶している。
〽雨の裏町 とぼとぼと
俺は流しの ギター弾き
"おひけえなすって
手前ギター一つの
渡り鳥にござんす"
峠七坂 手を振って
花の都へ 来てから五年
とんと うきめの 出ぬ俺さ
※後年、北島は原譲二の名で『がまん坂』(1988)を作詞・作曲。続けて『のぼり坂』(2000)、『風の坂道』(05)、『泪(なみだ)の坂道』(15)、『希望(のぞみ)坂』(17)を作曲する。
中村美律子「壷坂情話」(作詞:たかたかし 作曲:富田梓仁 1999)
お里・沢市の夫婦愛をうたう浄瑠璃『壷坂霊験記』。「三つ違いの兄(あに)さんと~」の口説(くどき)に泣く。濡らすこの世のしぐれ道-。
〽見えぬあなたの杖になり
越える苦労の人世(ひとよ)坂
あなた、離しちゃだめですよ
運命の糸を この指を
つなぐ心の お里・沢市 夫婦づれ
(節)
妻は夫をいたわりつ 夫は妻に慕いつつ
頃は六月、中の頃 夏といえど片田舎
木立の森もいと涼し
五木ひろし「おまえとふたり」(作詞:たかたかし 作曲:木村好夫 1979)
独立第一弾が自身最大のヒット曲となった。五木寛之からもらった「いいツキを拾う」芸名もよかったんだろうねぇ。
〽わたしは 不幸ぐせ とれない女と
この胸に か細い手をそえて
あゝ 泣きじゃくる人
昔のことは 忘れろよ
今のおまえが いればいい
しあわせを しあわせを 今日からふたりで
(中略)
陽のさす 坂道へ 一度でいいから
目かくしを おまえにしたままで
あゝ 連れて行きたいよ
心に おなじ 傷をもつ
似た者どうしさ 俺たちは
しあわせを しあわせを 今日からふたりで
裏木戸をぬけて
小柳ルミ子「漁火恋唄」(作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃 1972)
春に「瀬戸の花嫁」をヒットさせた作詞・作曲コンビはその年の秋にこの歌をつくった。柳の下に2匹目のドジョウはいたのかなぁ。
〽誰にも言わずに 裏木戸をぬけて
海辺の坂道 駆けてゆく
紅い椿の 散る道で
やさしく胸に 抱かれたことも
今では帰らぬ 夢なのね
ハァー 沖でゆれてるヨー
アー あの漁火は
好きなあなたが 好きなあなたが
烏賊(いか)つる小船ヨー
紙ふうせん「冬が来る前に」(作詞:後藤悦治郎 作曲:浦野直 1977)
高校の同級生・平山泰代と後藤悦治郎のフォークデュオ。二人はこの8年前、赤い鳥を結成。ハイファイセットはここから生まれた。
〽坂の細い道を 夏の雨にうたれ
言葉さがし続けて 別れた二人
小麦色にやけた 肌は色もあせて
たそがれわたし一人 海を見るの
冬が来る前に
もう一度あの人とめぐり逢いたい
冬が来る前に
もう一度あの人とめぐり逢いたい
浮世坂
島倉千代子, 石川さゆり「浪花姉妹」(作詞:たかたかし 作曲:岡 千秋 1987)
故郷にのこした 両親を いつか迎えにゆくのが夢や いらっしゃい いらっしゃい お客さん いろは横丁 合縁奇縁(歌詞の一部より)
〽(姉妹)情浪花の 路地裏に
(姉妹)ともすふたつの姉妹(きょうだい)あかり
(姉)つらくてもつらくても
(姉妹)浮世坂
(姉)みせちゃあかんえ 苦労の涙
(姉)きっとしあわせに
(妹)きっとしあわせに
(姉妹)きっとしあわせになろうね ふたりして
<セリフ>(妹)「お姉ちゃん あの人好きとちがうの」
(姉)「なに言うてんの あの人を好きなんはあんたやないの」
(妹)「うちならええのや うちお姉ちゃんに どうしても
(妹)しあわせになってほしいねん」
(姉)「アホやなこの娘は あんたのしあわせはお姉ちゃんのしあわせや
(姉)なーあの人しっかり 掴(つかま)えときい」
島津亜矢「心」(作詞:久仁京介 作曲:岡千秋 2017)
才があっても 心がなけりゃ 心がなけりゃ 事は成せない 果たせない(歌詞より)。でも、英語で歌うのはやめてほしい。亜矢ちゃん。
〽悠々堂々 でっかい山を
載(の)せて大地は ゆるぎない
急がず行こうか 心があれば 心があれば
越えてゆけるさ 浮世坂
生きた証しは ついてくる
坂道の古本屋
岡田奈々「青春の坂道」(作詞:松本隆 作曲:森田公一 1976)
当時人気の月刊誌『明星』が募集した歌詞の入選作を原案としている。グレープ「無縁坂」はこの前年にリリースされた。
〽淋しくなると訪ねる
坂道の古本屋
立ち読みをする君に
逢える気がして
心がシュンとした日は
昔なら君がいて
おどけては冗談で
笑わせてくれた
青春は長い坂を 登るようです
誰でも息を切らし 一人立ち止る
そんな時君の手の やさしさに包まれて
気持よく泣けたなら 倖せでしょうね
言葉に出せない愛も
心には通ってた
同じ道もう一度
歩きませんか
福山雅治「桜坂」(作詞・作曲:福山雅治 2000)
モデルになった東京・大田区の桜坂。急こう配の「大坂」が切り通しになり、桜が植えられ名が付いた。金沢の桜坂は桜橋からきている。
〽君よずっと幸せに
風にそっと歌うよ
愛は今も 愛のままで
揺れる木漏れ日 薫る桜坂
悲しみに似た 薄紅色
君がいた 恋をしていた
君じゃなきゃダメなのに
ひとつになれず
愛と知っていたのに
春はやってくるのに
夢は今も 夢のままで
頬にくちづけ 染まる桜坂
抱きしめたい気持ちで いっぱいだった
この街で ずっとふたりで
無邪気すぎた約束
涙に変わる
ペギー葉山「夢の坂道」(作詞:小椋佳 作曲:弦哲也 2012)
バタ臭いと思っていたら『南国土佐を後にして』(1959)でそのうまさにびっくりした。"坂歌"は歌手生活60年記念シングル。
〽ねえ皆さん 思いませんか
振り向けば色々 有ったなと
人生の 辛さ、苦しさ
嬉しさ、素晴らしさ
命とは 欲張りな ものですね
これ程に 生きてまだ 物足りないと
夢が 夢が 夢が 夢が背中を
押す坂道を 登ります
ねえ皆さん 想いませんか
人の出逢い別れ その多さ
運命の 恵み、裏切り
儚さ、有り難さ
命とは 欲張りな ものですね
美しさ 豊かさを 更に増そうと
夢が 夢が 夢が 夢が背中を
押す坂道を 登ります