「坂」と歌謡曲 ― 当世スロープソング事情 PartⅡ

人は「坂」をどう見ているのか―。「なぜ歌にこだわるのか」と人から聞かれたとき、答えに用意している言葉である。坂には雰囲気がある。その雰囲気に人はどう関わってきたのか、また、関わろうとしているのか。その辺を知りたい。
作詞、作曲を手掛ける人たちは雰囲気を手づかみにして投げてくる。受け止めるほうは、だから、歌のなかに「坂」が出てきたらさまざまなシチュエーションを想像する。想像するうち歌に人生が見えてくる。歌が人生を写す鏡とすれば、坂は人生を描くキャンバスといっていいのかもしれない。
懲りずに、PartⅡへと進む。坂と歌の関係については、前回(2016.9.30)に触れたので割愛させていただくとして、続編だからなにかスナップをきかせたいと思う。いい趣向はないか。と、思うまではよかったが、そんな器用なことはやっぱりできなかった。音符に関してはなんとか〇、歌唱は×という学生のころの偏った音楽の成績が災いした。言いわけをしたうえで、前回同様、歌詞の一部を独断と偏見で抜粋してご紹介する、単なる追加の第2弾10曲。ご用とお急ぎでない方はどうぞ。
夜明け間近
サラ・ブライトマン「stand alone」(作詞:小山薫堂、作曲:久石譲 2009)
「坂の上の雲」(NHKテレビ特番2009-11放送)主題曲。澄んだ声が一朶(いちだ)の雲を目指した明治の心をつかんだ。「シルクロード」「映像の世紀」と並ぶ名曲と思う。
〽ちいさな光が 歩んだ道を照らす
希望のつぼみが 遠くを見つめていた
迷い悩むほど 人は強さを掴(つか)むから 夢をみる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し
(略)
わたしは信じる 新たな時がめぐる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し
ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ「銀色の道」(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰 1966)
北海道・鴻之舞鉱山(1973年閉山)、その専用軌道建設に父親が携わった。レール跡の水たまりに月の光が映るのを見て「これだ!」と宮川が後日談。小学生の一時期を過ごした懐旧、父の無念。
〽遠い遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとりひとり 今日もひとり
銀色の はるかな道
ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが 頑張ろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く続く 明日(あした)も続く
銀色の はるかな道
思いやり
ゆず「夏色」(作詞・作曲:北川悠仁 1998)
包み込むようにやさしく歌うフォークデュオ。「いつか、君の泪(なみだ)がこぼれおちそうになったら、何もしてあげられないけど、少しでもそばにいるよ…」。
〽駐車場のネコはアクビをしながら 今日も一日を過ごしてゆく
何も変わらない 穏やかな街並
みんな夏が来たって浮かれ気分なのに 君は一人さえない顔してるネ
そうだ君に見せたい物があるんだ
大きな五時半の夕やけ 子供の頃と同じように
海も空も雲も僕等でさえも 染めてゆくから
この長い長い下り坂を君を自転車の後ろに乗せて
ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく
小金沢昇司「神楽坂」(作詞:石森ひろゆき、作曲:小田純平 2008)
「初冬のやわらいだ陽光が、江戸の町々をつつんでいる」―吉村昭『彦九郎山河』の書き出し。情景描写力が読者を引き込む。尊王思想家高山彦九郎は、神楽坂のゆるやかな坂道をのぼっていく。
〽故郷(ふるさと)遠く 家を出て
見よう見まねに 働いた
泣いて 泣いて 泣き濡れて
この身燃やした 神楽坂
泣いて 泣いて 泣き抜いた
不器用なりの 泣き方で
打ち水したて 石畳
路地の影から あの人が
いまでも逢える そんな気が
それがつらくて 街を出る
a broken heart
ビートきよし「雨の権之助坂」(作詞・作曲:伊豆田俊久 1981)
JR目黒駅前。「私の心の中にある“なにものか様に頭を下げる”習性は、母の背の上で身についた」(イラストレーター山藤章二)。坂から見える富士山に手を合わせ、月に手を合わせた母。おぶさる山藤。漫才コンビツービートのツッコミ役が歌う。
〽とぎれとぎれの 言いわけなんか
冷たい雨に 聞こえはしなかった
権之助坂を ふたり歩いたのは
もう忘れたはずの あなたの思い出
増位山太志郎「京都二寧坂」(作詞:松井由利夫、作曲:叶弦大 2017)
清水寺(京都市東山区)の参道。“京で一番人気”という三寧坂(三年坂)の手前にあり「二年坂」とも。緩やかな坂道ながら「転ぶと2年以内に死ぬ」コワイ警句が伝わる。
〽何処(どこ)でどうして 躓(つまづ)いたのか
歩き慣れてる 坂なのに
ささめ雪 遠いおもかげ 抱きしめて
くぐる八坂の 思い出鳥居
明るすぎます 京都二寧坂
未練
岩佐美咲「鯖街道」(作詞:秋元康、作曲:福田貴訓 2017)
元AKB。「一汐して若狭から運ばれた鯖が京の都に着く頃には、ちょうどよい塩加減になったと言われ、京都の食文化の中に、今も若狭の魚が生きています」(サバ加工会社の広告より)。
〽小浜の港に鯖が揚がる頃
溢れる涙は枯れるでしょうか
終わった恋を塩漬けにして
根来坂(ねごりざか)越える
京は遠ても十八里
未練背負い 一人旅
あなたが愛しい
ああ 鯖街道
天地真理「想いでのセレナーデ」(作詞:山上路夫 作曲:森田公一 1974)
ストリングスの、エコーがかかったように聴こえる演奏法。「この曲でまた真理ちゃん人気が盛り上がるかも」という期待は残念ながら叶えられなかった。
〽あの坂の道で 二人言ったさよならが
今もそうよ 聴こえてくるの
また眠れなくて ひとり窓に寄りそえば
今日も星が とてもきれいよ
あなたのもとへ いそいそと
季節の花を かかえては
訪ねたの あれはまるで 遠い夢のようね
あんなに素晴らしい愛が
何故に今はとどかないの あなたのあの胸に
せつない恋
吉永小百合「坂道のクラブ」(作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち 1968)
ピアノのイントロ、小百合さんが可愛く歌い、間奏とエンディングがまた静かなピアノ~。昔を想うサユリスト。
〽坂道の下の 二人のクラブ
逢えば 涙がうるむほど
私は彼が 好き 好き 好きよ
約束の九時に あの人は来ない
きのうの夜の 口づけは
かわいい うそね うそ うそ うそね
渡辺真知子「かもめが翔んだ日」(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子 1978)
渡辺の出身地・横須賀市の京浜急行堀ノ内駅で電車接近メロディーに使われている。カモメがチームキャラクターの千葉ロッテマリーンズはゲーム時にこの曲を流す。
〽ハーバーライトが 朝日に変わる
そのとき一羽の かもめが翔んだ
ひとはどうして 哀しくなると
海をみつめに 来るのでしょうか
港の坂道 駆けおりるとき
涙も消えると 思うのでしょうか
あなたを今でも 好きですなんて
いったりきたりの くりかえし
<参考文献>
- 吉村昭『彦九郎山河』文春文庫、1998
- 山藤章二『自分史ときどき昭和史』岩波書店、2014